去る9月9日の日本学生陸上競技対校選手権大会で、桐生祥秀選手が日本人で初めて100m10秒の壁を破りました。9秒98でした。2013年4月29日に10秒01を出し、その時から10秒の壁をいつ破るか大きな期待を寄せられていたわけですが、それがようやく叶いました。100mという短距離走では、一流選手は秒速10m以上でゴールラインを走り抜けることになります。0.01秒差は距離にすれば10cmほどです。このような僅かな差でゴールを猛スピードで駆け抜けるとき、肉眼でどちらが先かを正しく判断するのは困難でしょう。機械の目が必要になります。最先端のスリットビデオシステム(下図を参照)では、ゴールライン上の細長い画像を1/1000, 1/2000, あるいは1/10000秒という高速で撮影し、それをつなぎ合わせて一枚の写真とし、タイムや着順を判定しています。鼻の差といわれるきわどい僅差のレースの競馬でもこのような機械の目が必須といえましょう。
プロ野球日本ハムの大谷翔平投手は時速160キロを超えるスピードボール(最高は163キロ)が持ち味です。きれいに割り切れるようにボールスピードを162キロとすると、秒速では45mになります。普通のテレビカメラでこのボールを写すとしましょう。テレビは毎秒30フレームで画面が切り替ります。ある時刻のフレームから1/30秒後のフレームに移ると、大谷投手の投げたボールは1.5mも移動することになります。人間の視覚がテレビフレームに換算してどの位なのかははっきりしませんし、個人差があることは確かですが、テレビカメラの方が上ではないかと私は考えます。世界のホームラン王といわれた王貞治氏は、現役のころ、電車が止まらずに通過する駅の名前を車中からしっかりと目で確認する訓練をしていたとか。私にはまず無理といえます。トレーニングによって動体視力を高めることは可能なようですが、一般的には、投手の投げるボールを逐一瞬間の画像としてしっかりと確認しながらバットを振るわけではありません。それは不可能です。投手の手を離れてからのボールの軌跡を感覚的にキャッチしてバットを振っているのではと思っていますが、どうでしょうか?もっとも、打撃の神様と呼ばれた川上哲治氏は「ボールが止まって見える」と言ったそうですが・・・。
最先端のロボットの目にはすごいものがあります。東京大学工学部石川正俊研究室では、1000分の1秒で画像全体を処理し、認識できるシステムを開発しています。1000分の1秒ではボールの移動量は5cm足らず。バットが当たる直前までしっかりとボールを見ることができるわけです。これを用いると、ボールを確実にジャストミートして打ち返すバッティング・ロボットが作れ、実際にWeb上で試作機も公開されております。大谷投手の投げるボールを確実にホームランにするロボットも夢ではありません。
鉄腕アトムは人間とは比べ物にならない優れた能力の持ち主ですが、目は特に人間のそれと比べて格段に優れているようには見えません。サーチライトにもなるので、その点では優れものですが、高速度カメラの機能を持つわけではなく、遠く離れた物体を双眼鏡あるいは望遠鏡のように拡大して見ることができる、というような機能も持っていません。そんな機能があったら、漫画のストーリーもより多彩になったのではと思うと、少し残念な気もします。
これからは高速に変化する現象を高速処理して認識できる優れた目を持つロボットを作ることができます。必要なら、サーチライトの機能を組み込むことも技術的には簡単です。視覚に限れば、漫画の世界のロボットを超えるロボットが作れる時代になった、といって良いかもしれません。