モバイル通信やAIシステムなどに代表されるIT技術の進展は、これまでの人類の永い歴史の中でも経験した事の無いほど大きな変革を社会にもたらすものです。これに対するわが国政府の取り組みはどうなのでしょうか?簡単に振り返ってみましょう。
「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」という法律があります。それが制定されたのは今から18年前の2000年です。IT(Information Technology、即ち情報通信技術)の進展が社会の重大な変革に結びつくものであり、それへの対応が国の将来を決定付けるほど重要である、との認識が基本にあります。
この法律の趣旨は高度情報通信ネットワーク社会の形成に関し、
・基本理念及び施策の策定に係る国としての基本方針を定めること
・それらの施策に関して、国及び地方公共団体の責務を明らかすること
・施策を迅速かつ重点的に推進すること
にあります。この法律に基づき、高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(以下、IT戦略本部)が設けられ、これからの高度情報化社会における国創りの基盤を議論し、日本をIT大国にするための国家戦略(それはe-Japan戦略と呼ばれました)を議論する場とされました。その本部長は内閣総理大臣をもって充てる、と規定されています。
e-Japan戦略の目玉の一つは超高速ネットワークインフラの整備でした。それは5年後に一応達成されました。その次の施策がu-Japan(ユビキタスネット・ジャパン)政策と呼ばれ、あらゆる人やモノ(人―人、人―モノ、モノ―モノ)がネットワークで結びついた次世代ICT社会を2010年に実現しようというものでした。ユビキタスとはいつでもどこでも存在することを意味する言葉です。2010年の頃はともかく、今や何にでもコンピュータが組み込まれたユビキタス・コンピューティング、あらゆるものがネットワークで繋がったユビキタス・ネットワークの時代になった、という実感はありますね。
「世界最先端IT国家創造宣言」をご存知でしょうか?残念ながらそれを知っている人は極めて少ないと思われます。最初の「世界最先端IT国家創造宣言」はIT戦略本部での議論に基づき2013年6月14日の閣議で決定されています。日本を世界最高水準のIT国家にし、国民一人ひとりがITの恩恵を実感できるような日本にすることを目的に、この分野の科学技術の急速な進展や他国での取り組みに遅れず、世界におけるフロントランナーとしての地位を維持し続けることを目標にしたものです。それを実現するために政府に求められる取組等は2013年以降、毎年見直しが行われて来ましたが、2018年にITがデジタルへと変更され「世界最先端デジタル国家創造宣言」となりました。
こうした流れの中、2016年に官民データ活用推進基本法が施行され、官民データ活用の推進がIT戦略の一つの重点項目に加えられました。高度情報通信ネットワークを通じて流通する多様かつ大量の情報を適正かつ効果的に活用することの重要性は言うまでもありません。高度なAIシステムが人間を凌駕するほどの性能を達成できるのも、あらゆるケースを網羅した膨大なデータを使ったトレーニングができるからこそと言えるでしょう。この法律に基づき、内閣総理大臣を議長とする官民データ活用推進戦略会議がIT戦略本部の下に設置され、2017年には全ての国民がIT・データ利活用の便益を享受するとともに、真に豊かさを実感できる社会の実現を目指した「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」が策定されています。AIシステムの構築に必要な官民が持つ膨大なデータの利活用に関して法的枠組みが整備された、と言えるでしょう。
図は以上の日本政府の高度情報化社会へ向けた取り組みを時系列で示したものです。国の将来を見据えた取り組み(アウトプット)としては必要な対応が採られてきたとも言えそうですが、他のIT先進国と比較をした場合、日本が遅れをとっており、その遅れを取り戻すための取り組み、という側面が有ることも否めません。e-Japan戦略やu-Japan政策の成果(アウトカム)も十分に期待に沿うものとは言えませんでした。各省がバラバラにIT投資・施策を推進したことから、施策が重複していた、あるいは施策間の相乗効果が期待できるのにそれへの配慮が欠けていた、などの状況が見られたようです。その反省に立ち、各省庁の壁を取り払い、横断的な取り組みにより世界最先端のIT国家としての地位を回復したい、という想いが世界最先端IT国家創造宣言の根底にあると言えるでしょう。この宣言の名に恥じない素晴らしいアウトカムを生み出す取り組みこそこれからの日本に必要なことと思います。
次回は世界最先端デジタル国家創造宣言に組み込まれているロードマップについて取り上げてみます。