先日、ダッツン先生が実施した高2のTOKクラスのスタディートリップに私も同行して、
靖国神社と遊就館に行ってきました。(ダッツン先生の訪問記事はこちら)
※TOK…Theory of Knowledge (「知の理論」)の略。国際バカロレアで採り入れられている科目。
このスタディートリップでは事前にワークシートが生徒に渡されていて、その1ページ目には、“Histories=Sources + Historians”というフォーミュラ(公式)が太字で書かれています。
これを見た時、ちょっとした衝撃を受けたというか、久しぶりに、社会科教員としての感性が刺激されました。遊就館という、日本史を扱う上で最も感情的になりやすい問題を象徴するような場所をあえて訪問し、そのワークシートに「複数形の歴史」が「複数の歴史家と資料」によって存在していることを示唆するフォーミュラが掲げられているわけですから、いかに凄いチャレンジであるか、歴史を教える立場の者でなくてもわかると思います。
今回と次回のビジョンでは、ダッツン先生のワークシートを読み解きながら、TOKの目指す授業の質に迫ってみるつもりです。
私の手元にダッツン先生がメールで送ってくれた授業案があるので、それを少し紹介しましょう。
生徒は、遊就館での展示の目的を考えることが求められています。つまり、この展示が単に先の戦争について知らせようとしているだけなのか、それともこの戦争についてのある見方が「正しい」見方であるように信じさせようとしているのか、といったことです。
それを明らかにするために生徒は、展示されているものにどのような言葉が使われているかを注意深く見ることを求められています(深刻なのか、事実的なのか、感情的なのか等)。ここの展示館から得られる情報と他の場所で得られる情報を比較し、ここの情報がどの程度信頼できるかということを、エビデンスを元に考えることによって判断するのです。それがこの授業のゴールということになります。
クリティカルシンキングが見事に織り込まれていますね。これこそがTOKである所以で、従来の歴史という教科から発想すると、なかなかこういう授業にはならないと思います。まず歴史そのものを複数形のHistoriesで捉えるというフォーミュラが斬新ですね。“Histories=Sources + Historians”には、「正しい」とはどういうことか、正しいことが一つであるのかといったことへの疑問を抱かせてくれます。
太平洋戦争がテーマになるとどうしても感情的になりがちで、「こういう偏った教え方は怪しからん」とか「自虐史観で教育してどうするのだ」といった論争になることもしばしばです。しかし、そもそも事実とは何か、歴史とは何かといった問いがその前提にあるはずで、資料がどういう性格のもので、誰がどのような目的で、どういうトーンで訴えているのかということも含めて、クリティカルに見ていくことこそ大切だと思うのです。
TOKというのは、歴史の「事実」がどうであるかということ以上に、何をもって私たちが「事実」だと認定しているのかという点に重きを置いているように感じます。
次回もこのテーマを続けていきます。